文:カルリス・サルナ、ナラ・ペルナマ
インドネシア西ジャワ州ゲデ山―インドネシアの本島ジャワ島にある活火山、ゲデ山の斜面で農業を営むワワン・スドラジャットは竹の台に座り、野菜が豊かに実る畑を眺めている。火山灰がマグネシウムやカリウムを豊富に含んでいるため、土壌は非常に肥沃だ。
しかし、スドラジャットや彼のような多くの農家がデジタルツールを使って事業を拡大できるようになる以前は、これほど実り豊かではなかった。
父親やその前の世代から代々、スドラジャットには農家の血が流れている。昔の世代と同じく、畑仕事をした長い一日の終わりには背中が痛くなることもあるが、昔と様変わりした点もある。農作物を村の市場まで運んで売るのではなく、スマートフォンがそれに取って代わった。スワイプ一つで、次の収穫を計画するためのデータに簡単にアクセス可能となり、推定1,200億ドル規模とも言われるインドネシアの急成長する食料品市場へのアクセスも拡大した。
インドネシア・西ジャワ州にあるSayurboxの野菜を仕分ける拠点。このスタートアップ企業は、農家のサプライチェーンの課題解決に取り組む。 写真: エカ・ニックマトゥルダ/IFC
この52歳の農家の事例は、インターネットの革新的なパワーがいかに人々の力となり、その結果、所得を向上させたかを示している。
一方、インドネシアでは、かつてないほど購買力のある中産階級が増え、より多様な果物や野菜の需要が高まって、味覚も変化している。ここグデ山の斜面では今、かつての茶畑の代わりに、ケールやブラックコーン、日本原産のほうれん草に加え、ロサンゼルスのおしゃれなカフェのサラダに使われるような多様な野菜の畑が広がっている。
ケールは1kgあたり1万5千ルピア(約1ドル)の収入となり、以前栽培していたキャベツよりずっと良い。大した金額ではないように見えるかもしれないが、スドラジャット曰く、それは彼の人生を大きく変えた。「数年前までは、ケールという野菜が何なのかさえ知らなかった。今は以前の3倍は稼げるようになった 。」
変わったのは、栽培されるものだけではない。食べ物が農家から食卓に届くまでの過程もまた、テクノロジーによって大きく変化している。スドラジャットを含むインドネシアの3,300万人の農家が、Eコマースや農家と消費者を繋ぐSayurboxなどのスタートアップ企業を活用し、ネット顧客層と直接取引できる。
彼が政府から借りている約1,200平方メートルほどの小さな土地で収穫された農作物の一部は、50マイルほど離れた首都ジャカルタの高級レストランのテーブルに並ぶ。残りは、オーガニック食材の人気が高まり、新型コロナの蔓延で流行り出したオンラインショッピングを好むようになったインドネシア人が購入する。
インドネシアは天然資源が豊富な国で、中産階級も増えている。その経済発展によって東南アジア最大の経済大国となったが、人口の10%近く(約2,600万人)は未だ貧困状態にある貧富の格差が激しい国でもある。
多くの国がそうであるように、インドネシアもパンデミックに見舞われた。しかし、1997年のアジア金融危機や10年余り前の世界金融危機の時と同様に、インドネシアは、その急速な回復力を改めて証明している。
同国は、2022年第2四半期に5.4%の経済成長を遂げた。
スドラジャットのような農家は、インドネシア経済の回復力に加えて、同国が誇る東南アジア地域で最も早いスピードで急成長する食品市場の恩恵を受けている。
Sayurboxはインドネシアで1万以上の農家と提携しており、2024年までにその数を4万まで増やすことを目指す。 写真: エカ・ニックマトゥルダ/IFC
2022年3月、IFCはSayurboxに1,000万ドルを投資し、この資金によってSayurboxは自社のデジタルプラットフォームを拡大し、全国の農家から食卓への直接販売を劇的に促進させることを目指している。Sayurboxは現在、ジャワ島とバリ島で100万人の顧客にサービスを提供している。同社のプラットフォームは既に1万以上の農家と提携しており、2024年までにその数を4万まで増やすことを目指している。このプラットフォームでは、生鮮食品、肉類、スナック、総菜など、5,000種類以上の商品を提供している。
IFCのインドネシア・東ティモール担当カントリー・マネージャーであるアザム・カーンは、「Sayurboxのようなデジタル・プラットフォームを拡大することは、市場や金融へのアクセスを容易にし、キャッシュフローの増加や中小企業への支援を通じて、数百万人の農家の生活水準向上に大きく寄与できる」と語る。「デジタル化は、我々の戦略の重要な柱であり、コロナ後のビジネス環境下での経済支援において極めて重要だ。」
コンサルティング大手マッキンゼーの報告書では、零細・中小企業による最新技術の迅速な導入が、インドネシア経済の潜在力を最大限に解き放つ鍵となることを明らかにしている。デジタル技術と同国GDPの約13%、雇用のほぼ3分の1を占める農業分野での取組みが、コロナ後のインドネシア経済の回復に不可欠であると同報告書は指摘する。
同報告書は、最新の農業技術の導入を促すことで、収穫量の増加とコストの削減によって年間最大66億ドルの付加的な経済生産を生み出すことができると試算する。
スドラジャットや他の農家にとって、スマートフォンは情報のデジタルサイロとなり、生産性向上と所得増加につながった。
インドネシア・西ジャワ州チパナスの農場でホウレンソウを収穫する農家のソレハ(左)とセセップ(右)。写真: エカ・ニックマトゥルダ/IFC
かつて、農家は農作物を売るときに限られた交渉力しか持っていなかった。「村で販売する場合、十分な顧客がいないことが多く、中間業者を利用するか農作物を廃棄するしかなかった」とスドラジャットは語る。「中間業者は適正な価格を提示してくれず、採算がとれないどころか、損失を出すこともしばしばだった。悲しかったし、腹も立った。農作業はとても大変で、家族のために十分なお金を稼ぐことができるかどうか、とても心配だった。」
そう語るスドラジャットは、「今はずいぶん楽になった」と明かした。
2022年9月発行