バンコクにあるスワンナプーム病院前のバンナートラート通りでは、新型コロナウイルスの検査を受けるタクシー運転手の姿が日常的に見られる。病院が実施している「タクシー・ヒーロー・キャンペーン」の一環で、オンライン登録をした運転手は無料で検査を受けることができるからだ。このサービスの提供を聞いて、わずか2日間で100人のタクシー運転手が登録をした。
同病院を運営するキャピタル・パブリック・カンパニー・リミテッド(PRINC)社CEOのサティト・ヴィダヤコーン氏は、「新型コロナウイルスの高額な検査費用は、経済的に苦しい人々にとって特に負担となる。私たちの目的は、地元のタクシー運転手、特に高熱、咳、呼吸困難といった症状があり、陽性患者や感染リスクの高い国からの来訪者と接触があった人たちがより容易に検査を受けられるようにすることだ」と語る。
ヴィダヤコーン氏は、世界的なパンデミック下で、地域の健康を守るために無料で検査を提供することは当然だと考えている。タクシーはタイの公共交通の要であり、医療関係者を含む多くの人々がタクシーを通勤に利用している。タクシー運転手の感染を防ぐことができれば、国民の健康を守る確率も上がる。
スワンナプーム病院は、ヘルスケア分野において国内有数の企業であるPRINC社が国内中心部、中央上部、北部、南部の9カ所で運営する病院のひとつである。病院の立地は重要な意味を持つ。民間が運営する病院のほとんどがバンコクやプーケットに集中しており、高所得者層、在留外国人、医療観光客を対象としている。そのため中所得者層や低中所得者層を対象とした医療機関は細分化されていて、サービス拡大には限界がある。また、タイは国民皆保険制度を導入しているにもかかわらず、人口1,000人当たりの病床数は周辺地域の平均3.6床に対してわずか2.1床しかない。
そのため、IFCがタイのヘルスケア分野で注力しているのは、質の高いサービスへのアクセス増加と医療関係者の技能向上だ。2019年、IFCはPRINC社に対して上限9億900万タイバーツ(約3,000万米ドル)の出資を行い、医療サービスが不充分な農村部や辺境地でのサービス拡充を支援している。PRINC社は、2022年までに自社ネットワーク内の病院数を15まで拡大して、病床数を1,800床から2,000床まで増やすことを計画している。
一列に並んで駐車されている、「トゥクトゥク」と呼ばれるタイのタクシー (写真提供:shutterstock.com)
安全第一
タイで新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた時、PRINC社は、自社のスタッフを最優先にすることを決めた。当初、スタッフたちは不安にかられ、混乱していた。彼らは、自身の安全や雇用が守られるのか確信できずにいた。
「スタッフが抱える不安は、そのままサービスに反映されてしまう」と、ヴィダヤコーン氏は語る。「誰もこのような大規模なパンデミックへの備えがない中で、当社は迅速にスタッフの信頼を高めるために対策を講じた。彼らに医療サービスを安全に提供してもらうための研修を実施し、医療サービスを提供する側と受ける側の双方の安全を確保した。また、会社の方針や状況に関する情報提供を継続的に行い、その誠実かつ透明性の高い対応がスタッフを味方につけるのに役立った。」
さらに、会社の負担軽減を図るために、社員は任意で給与の最低5%を削減する方法として、時間外手当の放棄か、無給休暇を取得する選択肢が与えられた。
社員教育に際し、PRINC社は、ソーシャル・ディスタンスに関する情報を病院内で拡め、スタッフの意識を高めた。一般病棟や通路から感染リスクのある患者を隔離する検査エリアを設け、エレベーターやエスカレーター、椅子などの接触が起こりうるエリ アを30分ごとに徹底的に清掃することを優先した。
「病院の管理者と毎日連絡を取って、スタッフが安全かつ安心して働けているかを確認し、仕上げに固定経費抑制のため、経営幹部の報酬を30%削減した」と、ヴィダヤコーン氏は語る。
地域に根差した取り組み
会社が社員の健全な生活を確保すると、すぐに傘下すべての病院で仕事効率が上昇し、パンデミック対策が進んだ。来院する患者数は通常より少なくなっていたが、病院ではワクチン接種、オフサイトでの診療、遠隔診療など、ハイテク技術を駆使した幅広いサービスの開発が進んでいる。
PRINCグループは、医療関係者の安全対策を強化したドライブスルー方式の無料検査プログラムや、新型コロナウイルス患者の治療専用の病棟を提供している。ドライブスルー方式のプログラムでは2020年3月以来600人以上に検査を実施した。その他の取り組みとして、タイの旧正月であるソンクラーンの祝日期間中に、医師たちが無料の健康診断を実施している。
PRINCグループのスワンナプーム病院とパクナムポーの病院では無料の健康診断を実施(写真提供:PRINC社)
PRINCヘルスケア・カンパニー・リミテッドが運営する病院では、複数の県で検査拠点の警備にあたる警察署へ医療物資、食糧と飲料水、服やフェイスシールドを寄贈している。今のところスタッフに感染者は出ておらず、陽性反応が出た患者数も5人以内にとどまっている。現在は、病院で働くスタッフの健康面に加えて経済面での安定を確保するべく取り組んでいる。
「支援策として、スタッフが余暇に副収入を得られるよう、副業を紹介している。自家用車を所有している場合は、ドライバー登録してもらい、会社の書類や他の必需品の配達を依頼している」と語るヴィダヤコーン氏。「我々が生活している状況を考えれば、会社は今まで以上に社員のことを考えなければいけない。彼らが幸せなら、患者や顧客にもポジティブな雰囲気が伝わる。それが、今の私たちに必要なものだ。」
2020年7月発行