文:カミール・ファンネル/IFCコミュニケーションズ
ハノイで暮らす夫婦タオ・ファムとフォン・ブイの夢は、12歳の娘ジャン・ファムの兄弟となる第2子をもうけることだ。
彼らは、環境に優しく、価格も手頃な新築の3部屋あるアパートに引っ越したことで夢の実現に一歩近づいた。現在彼らは「エコホーム・ フックロイ」というアパートで、以前より格段に快適な生活をしている。新しいアパートの床面積は78平方メートルと引越し前に住んでいた小さな家の約3倍となったが、電気料金が値上がりしたにもかかわらず、水道光熱費の負担は以前と同程度だ。
夫婦の生活は「前よりずっと良くなった」と47歳のタオは語る。「古いアパートでは、エアコンは必須で昼間でも電気を点けなければならなかったが、今のアパートは前より大きく、デザインも良く、自然光が差し込み風通しが良い造りになっている。またコミュニティとつながり近隣住人との触れ合いも楽しむことができる。遊び場やプール、屋上には庭園エリアもあり、私はここで朝、体操を楽しむ。」
総戸数680戸の2棟の建物から成るエコホーム・フックロイのデベロッパーであるキャピタル・ハウス・グループが特にターゲットとしているのが、タオやフォン(37歳)のような人々だ。低中所得層にとり、環境に優しい生活を送りつつ実現できる節約は重要だ。キャピタル・ハウス・グループは、ハノイに環境に配慮したアパートをさらに3棟完成させ、もう1棟が現在建設中である。
これはほんの始まりに過ぎない。キャピタル・ハウス・グループは、自社が建築する建築物全てを環境に配慮したものにするとしている。同社のプロジェクト開発部のティエン・ダオ副本部長は、こうしたグリーン・ビルディングは、同社の持続可能性戦略の柱だと語る。
「グリーンで持続可能、そしてスマートに」
世界の他の成長著しい都市と同じように、ベトナムでは都市化が急速に進んでいる。増え続ける中産階級が都市に移り住み、その人口は、昨年の3,470万人から2050年までに6,570万人まで増加する見込みだ。これは、人口の半分以上が都市部に移動することを意味しているが、その全ての人々が居住し、働き、買い物をするなど生活の場を必要としている。この結果、毎年新たに床面積で1,200万平方メートルが必要となり、これが、ベトナムの建設業界の成長の促進剤となっている。
しかし、建築物の増加は、他の物への需要を増やす。ベトナムの電気消費量の3分の1は新規建設と建造物の維持によるものだが、その影響は2000年以降電力需要の2桁ペースでの増加という結果に反映されている。2000年以降、電力需要は年率13%増加しており、現時点から2030年にかけては8%以上増加すると推定される。さらに、同国の温室効果ガスの排出量の増加率は年率12%と世界で最も速いペースとなっており、建設業界もその要因のひとつとなっている。
IFCはEDGE(Excellence in Design for Greater Efficiencies/効率改善 のための優れた設計)と呼ばれる、建築物の資源の効率性に関する認証プログラムを立ち上げた。これは特にベトナムのような新興国を対象としている。IFCは2015年にスイス連邦経済省経済事務局(SECO)及びハンガリー輸出⼊銀⾏ の支援を得てEDGEをベトナムで導入、建設業界が急速な都市化に伴う人々のニーズに応えることができるように支援している。同プログラムは、エネルギーと水の消費量の少なくとも20%の節約と、建設材料に係るエネルギーの節約も保証するなど、温室効果ガス排出量の削減に寄与している。
わずか5年で、EDGEは同国で約140万平方メートルの床面積に適用された。これは同国の全グリーンビルディング市場の50%以上に相当する。ベトナムでEDGE認証を受けた建物で暮らすおよそ5万人が節約した水道光熱費は約140万ドルに上る。こうした建物により、電力の利用量は年間1万2,000MWh減少、約1万トンの温室効果ガスの排出が回避された。
SECOの支援を受け、IFCは同国政府に対し、建設業界の温室効果ガス排出量の削減を助ける新規建築物のエネルギーの効率性に関する行動規範について助言を行った。これは、ベトナム政府が2030年までに温室効果ガスの排出量を8%削減するという、環境に関するパリ協定に基づき定めた目標の達成に向けた取組みのひとつでもある。
国が発展していく中で、その目標は「グリーンで、持続的かつスマート」になることだとベトナム建設省科学技術環境局のティン・グエン副局長は語る。ベトナムではEDGE以外のグリーンビルディング認証制度も利用できるが、EDGEの認証制度は、高所得者向け住宅ではなく、より手頃な価格帯のグリーン住宅を対象としたベトナムのような新興国により適していると同氏は言う。また、同氏によると、EDGEのシステムは他のシステムより広く普及しており、専用のアプリが開発されているなど、競合他社にはない利点がある。
さらに「グリーンビルディングの発展は多くの人々に相互利益をもたらす」とグエン副局長は語る。「手頃な価格帯のグリーンビルディングは相対的に売却しやすいという点からデベロッパーにもプラスであり、また、コミュニティにも大きな利益をもたらす。」
住宅所有者の利益
ハノイを拠点とするキャピタル・ハウス・グループは、アパートのデザインでEDGEを導入、2018年にフィナンシャル・タイムズとIFCが共催するトランスフォーメィショナル・ビジネス・アワード(Transformational Business Award)の同社の受賞につながった。
同社のダオ副本部長は「建物が持続可能であるためには、建物と環境の調和が不可欠だと我々は考えている。建物が環境に影響を及ぼす、または環境に負荷を与えるようなことがあってはならない」と語る。
EDGEの導入に伴い、同社が負担する初期建設費用の上昇幅はわずか約1~1.5%だが、アパートを購入する人々に極めて大きな利益がもたらされる。ダオ副本部長の試算によると、新たなアパートの住人は、水道光熱費を30~40%、最大で60%節約することができる。
37歳のクアン・リーと彼の妻である35歳のトーア・ゴは、キャピタル・ハウス社のエコホーム・フックロイで暮らし始めてから、水道光熱費を大幅に節約できるようになった。トーアは、これは家族に大きな利益をもたらすと語る。「水道光熱費を節約する一方で、生活の質を維持しながら子供たちの教育資金を貯めることができるというのは嬉しい。」
ベトナムでグリーンビルディングに重点的に取り組んでいる企業はキャピタル・ハウス・グループだけではない。2014年設立の住宅デベロッパーであるEZランドも、同じように持続可能性を重視している。同社が建設する560戸を擁する「ハウスネオ」も間もなく完成する。ハウスネオは、ベトナムでEDGE完全認証を取得した25棟の建物のうちのひとつである。EZランドは、今後3年間で年間3,000~5,000棟のアパートを全てEDGE基準に則り建築するというビジョンを掲げており、同社設立の地であるホーチミン市を最初の重点地区としている。
こうした企業をはじめとする民間セクターは、環境に配慮することの利点を認識している。6月、IFCは、ホテル、高層住宅、そして住宅開発でEDGEを導入することを誓約した他のデベロッパー2社に対し、1億6,250万ドル相当の投融資を行うことを決定した。
キャピタル・ハウス・グループのグリーンビルディングであるエコホームに夫タオと暮らし始めたフォンの生活は、想像していたものとは全く別の形で改善した。
「扇風機を使わず風を感じることができ、電気を点けなくても明かりを楽しむことができる。以前よりはるかに快適だ」とフォンは語る。「仕事から帰ってきても、食後にまだ十分元気が残っていてアパートの共有エリアで楽しい時間を過ごすことができる。他の住人とのつながりも深まり、家族との会話も今まで以上に弾む。」
2019年8月発行