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アンドリュー・マエダ

2019年春、陽の光が差し込む世界銀行グループ本部のアトリウムに、インパクト投資市場の新たな市場基準を採択するため、60を超える投資家の代表が一堂に会した。代表者一人一人が壇上に上がり、まだ未成熟な市場への成長期待を象徴するシンボルマークの木に、自社のロゴを貼り付けていった。

それから2年が経ち、『インパクト投資の運用原則2周年を祝う記念イベントが行われた。新型コロナウイルス感染症が蔓延するなか、ソーシャルディスタンスを取った控えめな式典であったが、同原則の署名機関は「経済的なリターンを追求すると同時に、測定可能な社会・ 環境へのプラスのインパクト実現に貢献する意図を持って企業や組織に投資する」インパクト投資が、引き続き成長軌道にあるという事実に安堵した。

この成り行きは当然ではない。2020年はじめ、新型コロナの大流行によりグローバル市場が暴落した際、インパクト投資をはじめとする環境的・社会的に責任ある投資の増加ペースが鈍化する、あるいは減少に転じるのではないかという懸念があった。フィナンシャル・タイムズが発行する、影響力のあるニューズレター「モラル・マネー」が掲載した「新型コロナという『厳しい試練』を受けるコンシャス・キャピタリズム(思慮深い資本主義)」という見出しが、当時の雰囲気を適切に捉えている。

しかし今日、インパクト投資が定着しつつあることは明らかだ。

以下を見てみよう。

  • 『インパクト投資の運用原則』の署名機関数は20206月、発足から1年あまりで100を超えた。現在の署名機関数は131、署名機関全体のインパクト資産の運用残高は3,960億ドルに上る。(注:2021610日時点)
  • 20204月、世界最大の資産運用会社であるブラックロック(BlackRock)が「グローバル・インパクト・ファンド」を立ち上げた。これに続きベインキャピタル(Bain Capital)が、2本目のインパクト・ファンドに8億ドルを調達した発表した。
  • グローバル・インパクト・インベスティング・ネットワーク(Global Impact Investing Network)の調査によれば、新型コロナの流行にもかかわらず、投資家の72%が、インパクト投資に投じる資本の規模を維持または増やす計画であることが明らかになった。

ブラックロックのような大手資産運用会社がインパクト投資を推進し、年金基金や保険会社といった機関投資家からの注目度も高まっている。IFCのチーフ・ソートリーダーシップ・オフィサーであるニール・グレゴリーは、こうした傾向は、この市場が主流になりつつあることを示していると語る。

「『インパクト投資を行うべきか』と問いかける段階は過ぎ、大半の投資家の関心は『どうやって行うべきか』に移っている。」

パンデミックの影響
今日振り返ってみれば、インパクト投資の勢いが増した理由は明らかだ。世界中で新型コロナが大流行し、人や経済が受けた大きな被害は、国が活動を再開する際、社会のあるべき姿について人々が真剣に再考するきっかけとなった。エデルマン(Edelman)が毎年発表する「トラストバロメーターによると、経済不安に加え不公平感が増したことで、既存の制度に対する信頼が揺らいでおり、回答者の大半が資本主義は利益よりも害をもたらすと考えていることが分かった。新型コロナからの回復を、気候変動、ジェンダー不平等、人種差別といった問題に対処しながら経済を立て直す機会とすべきだという声が高まっている。

パンデミックが発生するかなり前から、資本主義に思慮深さを求める若い従業員や消費者、投資家の声も背景に、ポートフォリオ・マネージャーは、投資の際に、社会的・環境的にプラスのインパクトを追求することについて議論していた。デロイトの調査によると、ミレニアル世代とジェネレーションZのおよそ4分の3が、コロナ禍により世界の人々の窮状に一段と同情的となり、自身が属するコミュニティに貢献したいと強く考えるようになったことが明らかになった。デロイトの定義によると、ミレニアル世代は1983年から1994年に、ジェネレーションZ1995年から2003年に生まれた世代で、この2つの世代に属する人々の大半が、環境に対する懸念から自らの消費習慣を変えたと答えている。

インパクト投資のパワー(The Power of Impact Investing )』を共同執筆したフォード財団のシニア・プログラム・オフィサーであるマーゴット・ブランデンブルグ氏は「1年前、インパクト投資は、経済危機や公衆衛生上の危機による真の問題が発生すれば、うやむやになる『あったらいい』程度のものと思われていた」と語る。「現時点において、インパクト投資は頓挫しなかっただけでなく、不可欠なものとして語られることが多くなっている。」

新たな投資形態を後押しするミレニアル世代
カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスでMBAを専攻するダニエラ・ディロンは、2008年の世界金融危機は多くのミレニアル世代の思考に影響を及ぼしたと当時を振り返る。ディロンは同級生と共に、立ち上げ直後のスタートアップ企業を対象とした「ハース・インパクト基金(Haas Impact Fund)」の受賞者の選定作業をサポートしている。ディロンは、金融危機と気候変動による危機の影響により、多くの若者が、社会的・環境的な問題により意識を向けるようになったと語る。「我々は、親の世代の資本主義が生み出した現状が持続可能でないことを知っている。自らの行動を変えなければならないのは明らかだ。」

ディロンと同じくMBAを専攻する同級生のアリアナ・スピリオティースは、ハース・スクール・オブ・ビジネスでは、仕事にかかる関心と、より良い世界を築きたいという願いを一つにして考える学生が多いと話す。「ヘッジファンドで働きたいという学生も、アクティビスト・ヘッジファンドで働くことを望んでいる。」
こうした短期・長期的な傾向により、投資については、従来通りでは通用しないという考えが強まった。

「複数の要因が重なった結果」

こうした潮流について「ライズ・ファンド」の共同マネージングパートナーであるスティーブ・エリス氏は「これは複数の要因が重なった結果だ」と語る。TPGが設立したライズ・ファンドは、50億ドル以上の運用資産を擁する世界最大の民間のインパクト投資ファンドだ。エリス氏は「個人投資家そして消費者が直接企業に対し、社会・環境面の重要な事項に従来より高い水準での対応を求めるようになるなど、大量消費主義に変化が起こっている。これが、企業あるいは投資家が、これらの問題に単なるリップサービスではなく実際に積極的に取り組むビジネス上の動機づけとなっている」と分析する。

しかし、注目の高まりは期待の高まりでもある。インパクト投資の起源は古く、アルコールやタバコ、武器といった商品を投資対象から外すという宗教団体による取組みにまで遡る。このアプローチは1960年代・70年代に勢いを増し「社会的責任投資」という概念が誕生した。その後、環境や社会、コーポレートガバナンス要因、すなわちESG要因を基に投資が行われるようになった。しかし、厳密に言えば「インパクト投資」という用語が誕生したのは僅か14年前、ロックフェラー財団がイタリア・ベッラージョで、投資家、起業家、慈善事業家を集め、社会と環境のために資本をどのように活用できるかを議論するために開いた会合でのことだった。つまり、これは相対的に新しい分野であり、他の資産クラスと同様に、成長段階に伴う困難の一部を経験している段階だと言える

「誰もがインパクトを話題にしている。これは良いことだ。」

元世界銀行グループ最高財務責任者で、投資会社であるブルー・ライク・アン・オレンジ・サステナブル・キャピタル(Blue like An Orange Sustainable Capital)のCEOを務めるベルトラン・バドレ氏は「誰もがインパクトを話題にしている。これは良いことだ」と語る。「問題は、これがどれほど浸透し、真剣に捉えられているかだ。私は、まだその結論は出ていないと考えている。」

インパクト投資に関する共通認識を求めて
「インパクト投資」の基本的な定義とは何か。ESG投資は通常、経済的リターンの最大化を最優先とし、環境、社会、ガバナンス関連の機会を評価する。インパクト投資はこの「一切害を及ぼさない」というアプローチの先を行くもので、プラスのインパクトをもたらす企業やプロジェクトを積極的に求めるものだ。IFCは他の機関とともに、醸成されつつあったこの定義のコンセンサスをさらに発展させるべく、2019年に『インパクト投資の運用原則』を立ち上げ、投資家が経済的リターンとともに意図した測定可能なインパクトの実現を確実にするために投資プロセスに組み込むべき行動指針を示した。

しかし、インパクト投資には、TPGやベインキャピタルといった大手未公開株式投資会社から、特化型ファンド、上場株式ファンド、富裕層向けのファミリー・オフィス、さらには慈善事業の寄付基金など幅広い投資家層が参画しており、期待する経済的リターンもさまざまだ。たとえば、投資家によっては、大きなインパクトを実現するための取組みとして、市場平均を下回るリターンを受け入れる可能性もある。

インパクト投資には利益の「ヘアカット」が不可欠だという認識が、受益者の利益を最優先する資金運用が法で義務付けられている大手年金基金の参画の足かせとなっていた可能性もある。TPGライズ・ファンドの共同マネージング・パートナーのマヤ・コレンゲル氏は、ライズ・ファンドの主な目標の一つが、同ファンドの投資家層の大部分を占める大手機関投資家に、インパクトを理由にリターンを犠牲にする必要はないことを示すことだったと語る。

「実際のところ、大手機関投資家が我々のような運用会社に求めているのは、経済的リターンとともに高いインパクトをもたらす投資先企業を探し出し、情報を取り纏めてポートフォリオを構築することだ」と語るコレンゲル氏は「これが容易であるとは言わないが、我々はこれは実現可能であることを示すことができたと考えている」と続けた。

測定の重要性
測定が、引き続きインパクト投資の課題となっている。これはインパクト投資の存在自体に関わる重要な問題だと指摘する専門家もいる。インパクトの定量的評価はインパクト投資の核となる信条の一つとも言えるが、プロジェクトを少し調べてみれば、これがいかに困難であるかすぐに分かる。多くの企業が社内独自の指標を開発している。しかし、TPGやブルー・ライク・アン・オレンジ・サステナブル・キャピタルのような既にこれを実現した企業でさえ、インパクト投資が真の意味で成功するためには、業界全体で共通した指標の導入に向け連携する必要があるという点で同意している。測定基準の導入は、「インパクト・ウォッシュイング」と呼ばれる、インパクトに関する投資家の主張が誇張されているという疑念の払拭に役立つと期待される。

「結果、そして、一定の結果にかかる透明性の確保が重要だ。」

ライズ・ファンドのコレンゲル氏は「結果、そして、一定の結果にかかる透明性の確保が重要だ」と語る。「結果は、経済的リターンとインパクトの両面において求められる。」

IFCグローバル・インパクト・インベスティング・ネットワークといったインパクト投資を牽引する機関が、IRIS+及び民間セクター業務の統一指標(HIPSO)という、最も広く利用されている2つの指標を基盤にした『共通インパクト指標」を採択した。さらに、専門家からは、世界中の企業が導入している国際財務報告基準(IFRS)の策定で見られたように、業界全体としての取組みの必要性を指摘する声も上がっている。

インパクト投資のインテグリティ(高潔性)を守り、規模拡大を図るために、政府が果たすべき役割がある。

フォード財団のブランデンブルグ氏は「インパクト投資のインテグリティ(高潔性)を守り、規模拡大を図るために、政府が果たすべき役割がある」と語る。「明らかな課題は、資本はグローバルであるのに対し、政策は通常、国または地域毎となり、それゆえに、G20あるいは他の枠組みを通し、各国が連携することが一段と重要だ」と同氏は語る。この点において、IFRS財団が、インパクト投資家が利用できる企業向けの非財務情報の開示基準を確立するため、サステナビリティ基準審議会(Sustainability Standards Board)の創設に向かい動き出したことは心強い。

市場の規模拡大も課題だ。IFCは昨年、報告書のなかで、インパクト投資の市場規模は、開発金融機関も含め約2兆ドル規模に上るとの試算を示した。同時に、IFCは、適切な投資機会があれば、その規模は26兆ドルまで拡大すると試算しているIFCチーフ・ソートリーダーシップ・オフィサーのグレゴリーは、年金基金など大半の機関投資家が、通常のインパクト投資ファンドをはるかに上回る5億ドルから10億ドル規模の資金配分を検討しているとみる。低所得国や脆弱国における有望なプロジェクトを発掘し、同時に、機関投資家の膨大な資金を吸収できるファンド・オブ・ファンズのような投資プラットフォームの構築も重要となる。

グレゴリーは、「社会的に取り残されたコミュニティやフロンティア市場など、投資が最も困難な所に流れる資本は、ほぼ必然的に小規模なものになる。私は、より多くの資本が動員され、市場も継続的に成長すると極めて楽観的に考えているが、これは、今後我々が取り組むべき根本的な課題であり、今後も革新的な取組みを継続する必要があるだろう。」

アカウンタビリティ
アカウンタビリティ(説明責任)も課題の一つである。国際的な資金提供を受けたプロジェクト影響下にある人々を支援する非営利団体であるアカウンタビリティ・カウンセル(Accountability Counsel)の政策担当ディレクターであるマルゴー・デイ氏は、投資が環境や社会に予期せぬ影響を及ぼした場合、その最大のリスクを負うのが、投資先の近郊で暮らし、働く人々であり、そのためにインパクト投資業界は、プロジェクトの影響を直接受けるコミュニティへの説明責任を向上させる必要があると語る。

より優れた指標の開発に取り組む投資家は高く評価することができるが、インパクトの測定・管理にコミュニティへの説明責任が十分に組み込まれていないと指摘し、考えられる解決策の一つとして、投資家による共通の苦情申立制度の開発を挙げた。

投資家の観点から言えば、投資した資金が意図した成果を上げることができないことがリスクだ。極めて重要な気候変動のような問題に対処するための投資において、問題が起こった場合、まず第一に情報を共有するのが、投資先近隣で暮らし、また働く人々のコミュニティだ。アカウンタビリティ・メカニズムは、投資家がコミュニティの声を聞き、予期せぬインパクトに対処する手段となる」とデイ氏は語る。

インパクト投資は大きな関心を集める一方で、厳しい目も向けられていることは間違いない。国連の持続可能な開発目標の達成期限である2030年が刻一刻と近づくなか、投資家が利益を上げつつ、社会貢献もできることを示さなければならないプレッシャーは高まっている。

金融、環境、社会問題の連関性を専門とし、自らも主に再生可能エネルギー分野の新興企業に投資する、コロンビア大学のブルース・アッシャー教授は「投資は難しく、また世界を変えることも容易ではない」と語る。「その両方を行うことは、いっそう困難だ。」
 

2021年4月発行