経済学者ポール・コリアー氏が語る アフリカの復興 「事態は一刻を争う」

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IFC INSIGHTS

経済学者ポール・コリアー氏が語るアフリカの復興
「事態は一刻を争う」

IMF・世界銀行の2018年春季会合でパネル・ディスカッションに参加するポール・コリアー氏 © Kyle Bergner/IMF

取材:アリソン・バックホルツ

開発経済学者のポール・コリアー氏は、オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院の教授で、その前は世界銀行の開発研究部門のディレクターを務めていた。同氏は、長年にわたるアフリカや脆弱な国々を対象とした研究成果で知られている。ジョン・ケイ氏との共著となる最新刊『Greed is Dead: Politics After Individualism(強欲の死:個人主義後の政治)』では、イギリス社会を蝕む資本主義の悪弊という身近な問題に目を向けている。経済的繁栄には社会的結束と相互義務が不可欠であるという本書の主題は、コリアー氏が長年注目し続けているアフリカの動向から導き出されたものである。そのアフリカが、今や新型コロナウイルスの世界的流行による影響で破壊されようとしていると同氏は語る。IFC Insightsの取材に際し、コリアー氏は、強欲を根絶するには何が必要か、アフリカの民間セクターの存続を危うくする脅威をどう食い止められるのか、開発金融機関がアップストリーム事業(起業家の発想で途上国に民間セクターからの投融資を呼び込む環境を整備すること)に取り組むことがいかに時宜にかなったアプローチであるか、について語った。以下のインタビュー記事は、内容を簡潔に再編集している。

Q.これまでの研究では主に開発途上国に焦点を当てていますが、新書『Greed is Dead』ではイギリスの経済及び社会的問題を扱っている点でこれまでとは異なります。どのような経緯で強欲について考察しようと思ったのですか。

A.実は、この本では強欲が「死んだ」とは言っていません。強欲は死すべし、と言っているのです。本書はそれを知的に殺そうとする試みであり、強欲は善だという概念を支えてきた考え方を否定するためのものです。この本には二つの考え方が融合されています。一つは、今私たちは極度に不透明な環境下で生きているということ。誰も対処法が分からない新型コロナウイルスはその例としては最たるものでしょう。もう一つのテーマは、共に働くこと、社会的結束、あるいは相互関係をもつこと、つまり、相互義務のネットワークを持つことの重要性です。

Q.教授が社会的結束の重要性について書かれたのは新型コロナウイルスが流行する直前でした。つまり、この思想はいきなり現実世界で試される結果となりました。危機的状況下で人々がどこまで相互義務のネットワークに頼るものなのか、今回のパンデミックからわかったことがあれば教えてください。

A.おっしゃるとおり、私たちが書いていたことをまさに実証するような状況下となったことは得難い経験でした。新型コロナウイルスにどう対応すべきなのか、誰も知らなかった。しかし、正しい対応策は結束し、お互いをケアすることでした。社会によってその対応は様々です。最善のケースでは人々は十分に助け合い、最悪のケースでは、人々は隣人をも敵視してしまいます。

Q.古代あるいは近代の疫病の中に、新型コロナウイルスが政治経済に与える影響について考察する際の参考になるものはありますか。

A.本書の冒頭で紀元前430年にペストで命を落としたペリクレスの言葉を引用しています。そして(ペストが収束した後に)何か起きたかと言えば、残念ながら(アテネは)分断され、社会的結束が崩壊した結果、スパルタに敗北を喫するのです。

現在、新型コロナウイルスは異なる文化的背景により世界各地で異なる展開が見られます。例えば、東アジアの人々は「これはSARSと同類だ」と受け止めました。彼らはSARSが危険であることを認識していましたが、克服できることも知っていたため、きわめて効果的な対策を講じ、社会的に責任ある行動をとりました。欧州や北米では、人々の記憶に残る最近の疫病といえばスペイン風邪でした。ひとたび、それを「ただの風邪」と考え始めてしまうと結果は惨憺たるものになります。私の仕事に最も関わりの深いアフリカでは過去に二つの疫病がありましたが、いずれも欧州や北米よりもよほど慎重な捉え方でした。西アフリカでは、新型コロナウイルスを「エボラだ」と捉えていました。エボラは命を奪う病でしたが、食い止めることができた。そこで彼らは新型コロナウイルスに対しても慎重な見解をとりました。アフリカ南部では、「これはAIDSだ」と言って、同様の対応をとったのです。命にかかわる病ですが、適切な社会的行動によって封じ込めることができることを彼らは知っていたのです。つまり、歴史を振り返る必要もなく、私たちはこのような実例が世界各地で展開されているのを目の当たりにしています。

Q.英経済紙ファイナンシャル・タイムズへの最近の寄稿記事で、パンデミックがアフリカの経済発展を脅かしていると主張されています。今、IFCがアフリカで早急に取り組むべきことは何ですか。

A.とても重要な質問です。北米や欧州の対応で正しかったのは、資本、つまり組織化された資本を守る必要性を認識していたことです。組織資本とは企業そのものです。企業とは単なる機材の集合体ではありません。生産性を高めるべく組織された巨大なチームなのです。そして、そのような組織には多大な価値があります。ドイツは自国の企業を新型コロナの影響による倒産から守るためにGDPの10%を支出しました。アメリカも、同様に多額の支出を行いました。アフリカは、企業の数自体がきわめて少なく、圧倒的に不足しています。アフリカには今よりはるかに多くの企業が必要なのです。とはいえ、アフリカ各国の政府には自国企業を保護する資金さえありません。アフリカの既存企業は非常に価値があり、稀少なのです。何も対策を講じなければ、数か月以内にこれらの企業はすべて倒産してしまうかもしれません。

IFCは何をすべきか。取り組むべき最優先課題は、顧客企業の継続性を確保すること、そして他の40程の開発金融機関にも同様の行動を促すことです。その際には重複を避けるため、互いに調整する必要があります。皆が共通のやり方で組織資本を存続させるべく取り組まねばなりません。これが最優先です。

第二の優先課題は、開発金融機関と関わりのない企業を維持するためのメカニズムを早急に構築することです。これはリスクを負うベンチャー・キャピタルの分散化によって可能となります。私が期待するのはIFC主導のもとで小規模な開発金融機関のグループが協働して現地企業を設立し、現地企業にベンチャー・キャピタルの資金を配分することです。これが私の思い描くIFCの現実に即した二つの優先課題です。

Q.これらをどのような時間枠で実行すればよいのでしょうか。

A.事態は一刻を争います。現在アフリカの企業からは、北米や欧州の企業と同じように大量の資金が流出している状況です。手始めに、開発金融機関のコミュニティ内で標準化された情報を定期的に収集するのはどうでしょうか。毎週情報が入ってくるようにすれば、現状を把握し、どのような企業が最も危機に瀕しているのかがわかるようになります。すべての企業を存続させようというのではありません。北米や欧州でもそうであるように、世界が変わり、すべくして破綻する企業も出てくるでしょう。ただ、企業の数自体が極端に少ないアフリカでは大半の企業を存続させる必要があるという前提に立つべきです。

Q.念頭に置かれてるのはIFCのアップストリーム事業のようなアプローチでしょうか。それは今後の民間セクター開発の正しいモデルだと思われますか。

A.そう思います。まず、フィリップ(ル・ウェルー)(注)が素晴らしいリーダーであると言わせてください。必要な時にふさわしい人物が適職に就いていると言えます。そして、もちろんアップストリーム事業は進むべき正しい方向です。私が最初にお話した通り、アフリカには十分な企業数がありません。圧倒的に不足しているのです。アフリカの人的資本の三分の二が企業に属さず、個人あるいは拡張の余地や専門性がない零細企業で働いています。アフリカの人的資本は生産性の高い大規模組織の中で連携させない限り、その生産性を高めることはできません。それができるのが、適切な企業なのです。アフリカにたまたまやってきた企業は当てにできません。アフリカ市場に参入するべく、企業に刺激を与えてやる気を持たせるべきです。それこそがアップストリーム事業と言えるでしょう。

Q.開発の分野では進捗のペースがゆっくりです。悲観的にならないためにはどうすればよいのでしょうか。

A.私は悲観的になったことは一度もありません。人は魂を失うと悲観的になります。私自身が健全でいられるのは、自分たちは教育を受けられずとも私には十分な教育を受けさせてくれた両親のおかげです。二人とも12歳までしか学校に通いませんでしたが、私に他者に対する責任感を植え付けてくれた、きわめて誠実な人たちでした。私はつくづく幸運だったと思います。シェフィールド育ちの公立校出身の私がオックスフォード大学に身を置いていたわけですから、大変稀有なことです。

そのようなわけで、自身の金儲けより大きな目的のために私の能力を使う道はないものかと常に考えてきました。「自分のような者が人助けするにはどうすればよいのだろう」と、自分に問いかけるのです。ただし、私が救世主でないことは、はっきりと自覚しています。貧しい社会や脆弱な社会には、世界で最も強く気高い人々が暮らしています。燃え盛る炎に鍛え抜かれた人々です。驚くほど貧困の中にあってさえ誠実に生きる人々。私が人生で最も尊敬している人々です。彼らの社会を変えていくのはそういう人々であって、私ではありません。ですが、私も自分にできる限りのことをします。それが私が悲観論者にはならない理由です。

2020年9月掲載

注:前IFC長官、2020年9月30日付で退任